2013年03月15日

中南米出身新法王決まる コンクラーベ フランチェスコ1世

昨日の続きです。
中南米出身新法王決まる コンクラーベ フランチェスコ1世
新ローマ法王を決める選挙会議「コンクラーベ」は十三日午後、バチカンのシスティーナ礼拝堂で百十五人の枢機卿が五回目の投票を行い、二百六十六代法王にアルゼンチン出身でブエノスアイレス大司教のホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿(76)を選んだ。中南米出身者の法王は史上初めて。新法王は「フランチェスコ一世」を名乗る。退任したベネディクト十六世(85)の後継者。 
 中南米出身の法王の誕生は、欧州出身者が法王の座を事実上独占してきたローマ・カトリック教会の歴史上、画期的。ザビエルらが創設し、日本にキリスト教を伝えた修道会「イエズス会」からの初の法王ともなった。
 フランチェスコ一世は、二〇〇五年の前回コンクラーベで、ベネディクト十六世に次ぐ票を集めたことでも知られるが、今回は欧州メディアの事前予想ではほとんど名前があがっていなかった。
 フランチェスコ一世はブエノスアイレス生まれ。同性婚に強く反対するなど、カトリックの原則に関しては保守的な立場を取る。
 外部と完全に隔てられていたシスティーナ礼拝堂の煙突からは十三日午後七時(日本時間十四日午前三時)すぎ、法王選出を意味する白い煙が上がり、すぐに選出を告げる鐘が鳴りひびいた。フランチェスコ一世が、サンピエトロ大聖堂のバルコニーから、広場に集まった数万人の信者らに手を振ると、大歓声が上がった。
 
◆第三の選択?保革とも固めきれず 法王庁醜聞とは一線
 【バチカン市=野村悦芳】信徒約十二億人を抱えるローマ・カトリック教会の最高指導者ローマ法王に十三日選出されたフランチェスコ一世は今回、欧州メディアの予想候補者の上位には位置付けられていなかった。意外な結果の背景には、有力とみられた改革、保守両派の枢機卿らが多数を固められなかった事情があるとみられる。
 多くのメディアは、醜聞に揺れる法王庁の透明性向上などを求める勢力がイタリア・ミラノ大司教のスコラ枢機卿を推し、法王庁の実力者がブラジル・サンパウロ大司教のシェレル枢機卿に付く構図を描いた。しかし、もともとスコラ枢機卿は十分な支持勢力を持たず、シェレル枢機卿もコンクラーベ前に人気を落としていたとみられ、投票は第三の選択肢を模索する展開になった可能性がある。
 アルゼンチンで実績を重ねてきたフランチェスコ一世は現場の聖職者というイメージが強く、権力闘争や金銭スキャンダルが暴露された法王庁の官僚らとは一線を画す。穏健な改革派ともみられており、傷ついたカトリックの威信を取り戻すにはうってつけの人材だった。欧州で信徒数や聖職者数が伸び悩む中、世界のカトリック人口の四割が住むラテンアメリカを重視する声が高まっており、この点でも適任といえる。
 ハードルは七十六歳という比較的高い年齢。しかし、前任者のベネディクト十六世が終身法王制という慣例を覆したおかげで、仮に体調を崩しても退任できる道が開かれた。カトリック再興を託せる条件が整っていたといえる。
 ホルヘ・ベルゴリオ氏 1936年12月17日、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスでイタリア系移民の家庭に生まれる。隣国チリやブエノスアイレスで哲学を学び、アルゼンチンの大学で文学などを教えた後、69年に司祭に。98年からブエノスアイレス大司教、2001年から枢機卿。
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昨日は映画「ローマ法王の休日」のことを書きましたが、この映画では、有力候補ではなかった枢機卿が選ばれました。第三の勢力が選ばれたというのも映画によく似ています。

中南米出身の法王は歴史上初めてということで画期的ですね。
今後かなり注目されることでしょう。


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